燃え盛る火

絶唱:非常にすぐれた詩歌。力いっぱい心をこめて歌い上げること。

去年の一月くらいやったと思うので、もう一年以上も前のことやけど、
日曜の朝、テレビを点けたら本田美奈子がいた。
題名のない音楽会」でオーケストラをバックに歌ってた。
「へぇ〜、アイドルだったこの子、まだ現役なんやね」と思いながら俺は、
部屋に散乱する中身とケースがメチャクチャになってしまったCDを、
トランプの神経衰弱のごとく一枚一枚合わせていくという困難な作業をやり始めた。
なぜケースと中身がバラバラのメチャクチャになるのかは、この部屋の七不思議の一つ。
靴下は片方だけ余ったり、左右色違いになったりなんていつものこと。
物も人も浮気性の傾向が現わになる特性の磁場なのだろうか。
阿部薫の狂ったアルトサックスが、ベートーベン第九のケースに収まっていたりするから、ベートーベンも笑っていることだろう。
阿部はツバを飛ばして怒っているだろうが。
浮気クセの激しいCD達を古女房のごときケースの元へ、一枚一枚帰す作業
と、その手を止めたのは、聞こえてきた声がいつまでも終わらなくて続いていたから。
本田美奈子の長い長いロングトーンボイス、
小さくて華奢な体のどこにそんなに多くの空気を溜め込んだのか、声が微塵も弛むことなく続く。
一分以上は続いただろうその声は鳥肌ものだった。

それを最後の舞台に、彼女は亡くなった。
いつまでも響いて止まないロングトーンを残して。

で、未だに阿部薫がベートーベンの衣を着たままにいるのは、本田美奈子の置き土産。

絶唱」「絶演」は人の心に永遠の楔を打ち込む。
そうやって、俺たちは、芸そのものとは別に、スピリチュアルなものを燃え盛る火のバトンとして次の人へと繋げていく。