凍りつく土曜日

仕事終わってラッパ背負い橋渡り埠頭のフェンスを一つ越えコンガを叩きの青年に「おっ、いいねぇいいねぇラテンやねぇ、がんばりや」と心の内で声を掛け、二つほどゲートをすり抜けていつもの場所でラッパを組み立ていつもの壁に背をもたれ向こうでクルクル回って練習している白バイのお兄さんたちに気狂いラッパを聴かせてやろうと「ブガブビャベー」と吹く。
と、ここまではいい。
するとメンズノンノから抜け出たような青年がフェンスを颯爽と飛び越えて近寄ってきた。中学生の乙女だったらドキドキして顔を真っ赤にしてうつむくところだろうが、元美少年のおいらは警戒の微笑み。「サックスの音が聞こえてきたもので」と青年も微笑み。「セックスの音でなく残念でしたな、わっはっはっは」とおれの高笑い。青年微笑み返し。その青年は先程通り過ぎたコンガ叩きの青年で「この埠頭にもっともっと楽器を演奏する人が集まるといいですね」と。「まぁこの吹きっさらしですからこれからの季節は無理でしょうな」とおれ。「まぁお互いがんばりましょう」と青年は言い残し颯爽とフェンスを飛び越えてまたコンガのもとへと。
と、ここまではいい。
音楽を演るものの出会いと心暖かい交流。
ここまでは実にすばらしい土曜日の午後。
問題は日もとっぷり暮れて暗くなってからの話。
吹きはじめて4時間くらい、さすがにおいらは吹き疲れてアスファルトに座ってたんだ。
んで座った態勢のままサックスくわえて音を出してみたのさ。
そしたら、その瞬間に「ビュッ」と空気が切り裂かれ「何か」が目の前を横切った。
暗くてそれが何なのか見えない。
ついで「ヴーグヴォー」と獣の声。
おれの身体は座ったまま固まってしまった。
頭だけが目まぐるしく回転する
「野犬か?くそっ、気配からいってかなり大きそうやな。あたりには誰もいない。くそっ、どうする?おれが背を向けて逃げたらこいつは熊みたく本能的に襲ってくるのか?」
とピコ秒単位で脳みそは動く。
えーい、ままよと「ブギャァー」とサックスを思い切り吹いた。
そしたら奴は後退りするではないか。
も一度「ブギャァー」と吹く。奴は「ウォンウォン」と吠えて逃げていった。
おいらもラッパをしまうやいなやその場から逃げた。帰りの電車の中でふと「あれはチャッピーだったのでは?」との思いが膨らんだ。
「チャッピーがバイオハザード化したのか」と。
チャッピーとの出会いを思い返してその可能性に行き当たったおれは
いつまでも震え続けた。