@純情さん三人目

15日、月夜楽や番外編
yちゃんに「酒場で倒れた女を歌ってたけどあれは自分のことでしょう?」と聞いたら柔らかに否定してた
が、しかし、
『いくら否定しよーがしまいがその女は、あなたなのだ!』
酒場で倒れた女は他人だったり友達だったり、あるいは架空の人なのかもしれない
が、
曲中の女の心や振る舞いや生きざまは、あなたの感性や世界観からしか形作れない。
詩を紡ぎメロディを紡ぎ曲にして自ら歌うシンガーソングライターは、自分とまったく別物の人物を歌うことはできないのだ。
調度、自己発露的な作家が小説中の登場人物に自己を投入してしまうのと同じ。
その女の涙=あなたが女の心に入り込み流した涙=あなたの涙、
酒場で倒れた女=あなた。

例えばあなたが、
猪熊茂助
「年柄年中無愛想な息子の嫁がのー、正月三が日に限って満面の笑みでモチを食べさせてくれるんじゃ
固いモチ柔らかいモチ粘っこいモチと朝、昼、晩三度三度も。
わしはモチは嫌いじゃ言うとるのに嫁は『お正月はおモチを食べるのが決まりですから』と取り付く島もない」
外から聞こえる嫁の話し声。
「えー、うちのおじいちゃんおモチが大好きで、
喉に詰まらせたら大変ですから気をつけてくださいねおじいちゃん、といつも言ってるんですわよ
おほほのほ」
ふと頭によぎるお正月のよく聞くニュース
『●●さんがモチを喉に詰まらせて亡くなりました』
「もしや嫁はわしがモチを詰まらせるのを期待しているのか?
こんどの正月あたりひょっとして痺れを切らして実力行使に?
いやいやいくらなんでもそんな悪人ではなかろー
じゃが「おじいちゃんおモチ焼けたわよー」という笑顔、目が笑ってない。
そーいえば段々目が吊り上がっきてるよーな気が。
あー、正月が恐い
猪熊茂助。

もしあなたが『猪熊茂助正月恐いよピーヒャララ』という歌を作り歌ったならば、
あなたはついにとうとう正月を恐がる猪熊茂助(83才)になってしまったのだ。
あなたと茂助さんがお互い歩みよってぴったり重なったときの人物と言うてもよかろう。
ましてや今回は酒場で倒れた女、
あなたとその女とではそんなに歩みよらなくてもすぐに重なるだろーしなw

「歌=詩+曲+歌声」にはその人の生きざまや心の有様がごってりと練り込まれている。
自ら作った歌を歌う人は丸裸でステージに立つようなもの
だからこそ凄まじい
人間丸出し芸術の最高峯。
魂をぶちまけろ(゜▽゜)