@夏の終わりに昔話、四ページ目

玄関の戸を開けたらすぐに鞄工場のおやじさんが出てきた、ぼくは何をどう説明していいかわからなくてとても困った。
(なかなか「部屋が異次元空間になり宇宙人に乗り移られた親に殺されそうだったので逃げてきました」と言えるものではない)
やっと出てきた言葉が「熱が出てうなされて…」
するとおやじさん、合点がいったように「モウゾウになったんだな」と言った。
モウゾウってなんだなんだ?何回か親たちが話してるのを聞いたことあるけどなんなんだ「モウゾウ?」
頭を巡らしている時に、おやじさんのなんとも恐ろしい一言が振り下ろされた。
「よし、家まで送っていくよ」
…。
あの家に戻るなんてほとんど死亡宣告。
ぼくがその場に凍りついているのにお構いなしでおやじさん我が家のほうへサッサッと歩き出した。
ぼくは処刑台に向かうような気分で後をついてった。
(この時は逃げようとは思わなかった。
鞄工場のおやじさんはいつもの鞄工場のおやじさんで本物だったし。
熱のせいで俺だけがおかしくなったんだろーと思いはじめてた。
それに、どうやら「モウゾウ」というよくあることらしいから)
だがそうは言ってもだんだん家に近づいてくると心臓バクバク早鐘状態。
そしてついに玄関先まできた。
努めて冷静に「もう大丈夫です、お騒がせしました」とおやじさんに言って帰っていただき、
さて、どうしよう困った。
中から小銭をとって靴を履いて逃げるか?
いったいどこへ?
家を見る、
何かが変わってるようには見えない。
不穏な空気も感じられない。
えーいままよ、思いきって家に上がりさらに思いきって階段を上がり自室の入口。
何も起きていない
超常現象も恐怖も殺意もなにもなく、空のベッドが一つあるだけ。
きっとこれは今も含めて悪い夢なんだと思いながら願いながらぼくはベッドに眠った。