5月1日

5月1日
夕方4時半
数ヶ月ぶりにtカヤマのおばちゃんから電話があった。
「竹の子ご飯できたわよー食べる?」
「ありがとう!でも、もう出掛けなくてはならないんだ。これから東北の被災地に行って手伝ってくる」
「ボランティア?何時に行くの?もうちょっと待っててすぐに用意して持っていくから。ペットボトルで水いっぱい持っていく?持っていくなら今持っていくから待っててー」
おばちゃんとの出会いはぼくが大田市場で働いていた時だから、もうかれこれ18年くらい前だろうか。
大田市場に入ってくる東北のMナト運輸を市場内であれこれ世話している元気なおばちゃんで、よくうちらの現場にきてペチャクチャとくっちゃべっていた。たいして用事もないのに笑。
当時ぼくらはMナトのおばちゃんと呼んでいた。

ぼくが横浜のアパートをバックレてしばらくサウナ暮らしをした後に見つけた大田区のアパート。
引っ越しの挨拶しようと隣の部屋のドアを叩いたら、
ら、
「あれまーびっくらたまげた!」
毎晩、市場で顔合わせているMナトのおばちゃんが中から出てきたのだ。
それからというもの春夏秋冬に季節物のご飯や料理を作るたびに、「できたわよー食べる?」と声をかけてくれるようになった。
おばちゃんは数年後に引っ越ししてったが、今なおありがたいことに
春は「竹の子ご飯できたわよー」
秋には「松茸ご飯できたわよー」と電話をくれて、わざわざ自転車でぼくん家に届けてくれる。

今回は竹の子ご飯をみっちりと詰め込んだ2パックと竹の子煮ぎっしりの1パックを持ってきてくれた。できたてらしくホカホカとあたたかい。
「トラックの運ちゃんから聞いてるけど東北自動車道地震で道がデコボコしてるから気をつけて。トラックがジャンプするくらいだって。何日間行ってくるの?」
「昨日で仕事やめて時間の融通はきくので、ちゃんと日程は決めないでいくわ」
「あらそうがんばるわねー、帰ってきて食うに困ったらいつでも電話してきなさい」
ありがてぇーなぁ!
バカみたいにでかいリュックサックを背負い、食料と土方グッズを詰め込んだダンボール箱を二つキャリーにのっけてレッツゴー!
おっと忘れちゃいけないちゃんとブレーカーを落としていかんとな。

桶川のSンの家で晩飯を遠慮なくガツガツ戴き、Nイのかわいい寝顔を見て置き手紙を書いた。「たくましくなって帰ってくるからな」と。
Sンノスケ号に乗り込んで、いざ東北岩手の宮古市へ出発っ!
の前に、
那須のポカラに向けて出発じゃーっ!