5月3日岩手入り

5月3日
午前11時にポカラを出発した我々は東日本自動車道を北へと走らせる。
先行するのはGイチくん運転のGイチ号
続いてSンくん運転のSンノスケ号、助手席には、ポカラで戴いたまじ旨い天然酵母パンをいつまでも探し続けている俺。
「パンがないパンがない!」
「Gイチのほうに乗せたんじゃね?」
「うーん…」

高速道はおばちゃんが教えてくれたとおり、ところどころデコボコしていてスピードを緩めなくては危ないところがあった。
「ただいま郡山市を通過中。右手のずーっとずーっと先には連日世間をいや世界を騒がせているあの福島第一原発がございます。本日の不健康状態はいかがでしょうか?」
「ただいま二本松市です福島市です。一日1時間しか遊べないとされている校庭や公園はこのあたりでしょうか?」
あたりを見渡すと車はそこそこ走ってはいるが歩いている人間はほとんどいない、こんなにも天気がいいのに。みんな家の中で息を潜めているのだろうか。
遠くに畑仕事をしている夫婦を見つけた、あっという間に後方に去ってった。当事者でないぼくたちは、いったい何をどう言えばいいのだろう。そのまんま、
あなたの作った野菜は食わないと言うしかないのか。

ピーカンの青空ジリジリ太陽の下で車内はグングン暑くなっていくが、窓は開けられない。自らわざわざ被曝することもないからだ。
エアコンはぶっ壊れているし、もし使えても使わないのさ俺たちは。
それにしても暑い、顔汗を何度拭いてもすぐ出てくる。
どんなに厳しい状況におかれても必ずできることはあるはずだ。
無言のままぼくたちは、一枚一枚服を脱いでいった。
対向車を見てもみんな窓をきっちり閉めきっていて素晴らしい。
たまに窓全開の家族連れが気持ちよさそうに走りすぎてっ、…おい!
「案外Gイチは窓開けて走ってたりしてな」
「まさかそんなことはないだろうよ彼は意識高いから」
福島市を抜けてサービスエリアに入るとGイチがマスクをつけて立っていた。
「さすがGイチ!放射線対策バッチリだな」
「いやーあんまり暑いから窓を開けて走ってたのでマスクしとけば大丈夫かなと思ってさー」
大爆笑
「Gイチのほうにポカラでもらったパンない?天然酵母の旨いパン」
「あれーないなー」
(結局ずーっと探してたのに最後まで出てこなかった幻のパン、これもポカラの不思議)

盛岡南インターチェンジで降りて106号線を東に向かう岩手県の真ん中を横断する形だ。
ぼくは優秀なナビゲーターとしてGイチ号の助手席に乗った。もちろん優秀なのはiPhoneなのだが。
夜9時前、無事に宮古市入り
ぼくはiPhoneの玉を見ながら右だ左だと指示をだす。目指すは宮古市岩舟芸術の村。
「はい到着ぅー!」
「ここ違うくね?」
電気も水道もないキャンプ場のような場所だと聞いてたのに確かにここは電気だらけの町中だ。目の前の魚菜市場と書かれた建物は、おそらくそのまんま魚菜市場だろうし。
「コンビニで尋ねてみよう」
「岩舟にある芸術の村ってどこですか?」
「少々お待ちください」とかわいい店員さんがニッコリ微笑んで奥の部屋にいった。
「ただいまインターネットで調べているのでもう少々お待ちください」とニッコリ。
なんて親切なお姉さんなんだ惚れちまってもいいですか?
と思ってたらオタッキーな男子店員が中から出てきた。
「調べてみたけど岩舟がわかりませんでした」
「古い地名なのかな?いえいえ親切にしていただきありがとう」
本のコーナーの県地図を見ていたら岩舟を見つけた。
「Gイチほらここだよ、このページ携帯で写真撮っちゃおうか?」
「けんじくんそれはよくないなー」
「そうだよな」と答えたぼくは、Gイチがいなくなった瞬間に携帯でパシャりと撮った、
が、暗すぎてわからねーじゃねーか。
地図を睨み岩舟までの道のりを必死に覚えた。

iPhoneで芸術の村を検索すると千徳駅から終点岩舟までバスで行きそこから歩きとあった。
よかったならば千徳駅で聞けばわかりそだ。
夜9時半、千徳駅到着ー!はいっ無人駅おめでとう!ばんざーいばんざーい誰もいない!
「よし、ここはぼくの記憶に任せろ!こっちだ」
コンビニで必死に地図を覚えたのがまさか役にたつとは思ってなかった。
こんなことならちゃんと覚えておくんだったよー、ぼくは地図と図形と男の顔を覚えるのが苦手なんじゃ。
「ここはたぶん右だな」
「ここは上、かな?」
お見事行き止まりダメだこりゃ。家の明かりもまばらな集落で夜の9時40分すぎ。
「俺とGイチでそこの家に聞いてみるわ」
躊躇したら負けだと思ったのでいきなり玄関を開けて声をかけた「ごめんください!夜分遅く申し訳ない、道に迷いましたー!」
お母さんが出てきたので岩舟の芸術の村を尋ねた。
「芸術の村というのは知らないが岩舟は下の道をずっと行ったところです」と教えてくれた。

「けんじくんいきなり玄関開けるからびっくりしたよ、ピンポンあったのに」
「いやいや田舎なんてのは、逆にピンポン鳴らされたほうがビックリするものさ、鍵なんか掛かってないから玄関開けていきなり声かけたほうが安心するよ」
と勝手にぼくの田舎のルールをしたり顔で適用してみた。

岩舟到着ー!
沢を登る道路が続いてるので車を走らせる。途中から砂利道になり「いよいよ電気水道ない芸術の村っぽくなってきたんじゃね?」
そして、関係者以外立ち入り禁止の看板、が〜んorz
「仕方ない引き返して今晩はどっかで車中泊するべ、あーあどこかに散歩してる人でもいねーかなー」
「もうすぐ10時だぜーこんな時間に誰も散歩なんかしてないっ」
いたぁー!
ぼくが言い終わらないうちに犬の散歩してる夫婦を発見!
「すいませーん芸術の村ってどこですか?」
「この道の先だよ」と今、引き返してきた道を指す。
「木の橋の先までいったら立ち入り禁止の札がたってたんで引き返してきました」
「惜しかったなーもう少しその先にいくと鉄の橋が掛かっていてその橋を渡ってずっと行ったところだ」

言われたとおりに鉄の橋を渡ってずっと行ったら、
道が、川で、寸断、されて、た。

「車置いて歩いていってみようぜー」
ライトを持ってジャブジャブと川を渡り少し上等な獣道としか言えないような道を三人で歩いた。
沢にかかるヘンテコな橋を渡るとそこには、星明かりに照らされてボンヤリと浮かぶ小屋の一群があった。
まさに桃源郷、ようこそ芸術の村へ

一週間前
オッペのKンちゃんに宮古市に入ろうと思ってると言うたら
宮古には芸術の村の村長さんと言ってずっと電気も水道もない生活をしてるおっちゃんがいるから、そこに泊まらせてもらってボランティアに通うといいよー」と教えてくれた。
なんでもオッペを作った大工さんでありポカラも手伝った人であり猫一匹と暮らしているらしい。
電気がなけりゃ電話もないだろうから当然俺たちが訪ねることなんて伝わっちゃいない。人生なんていつもどうせぶっつけだ。

「こんなに小屋がいっぱいだと村長さんどれにいるかわからんなー灯りなんか点いちゃいねーし」
「こうなりゃ片っ端だな、まずはここだ。ガンガンガン!村長!村長!夜分遅く申し訳ない!」とSンがイケイケを発揮した。
「誰??誰ーっ?」
と、中から声が聞こえて、
一発目で大当たり!!
引きが強いなーおい、笑

「イケメンでーす!イケメンなのに猫背です!」
村長はそう言いながら猫のペヨンさまを紹介してくれた。
確かにイケメンと言えなくもないが、ヨンさま、村長に掴まれ乱暴に招き猫のポーズをさせられてずいぶん不機嫌そうなんだが。

なかなかかっこいいログハウスに案内してくれた。階段をあがると屋根裏部屋があり
「ここに三人寝ればいい布団はこれ敷いて」と広げたら黒い点々がみんな亀虫で…。
「あ、俺、下のソファに寝袋で寝るわー。ほら、三人だと窮屈だしさー」

再び村長の小屋に戻り明け方近くまで酒呑んだ。
もう35年間ここで電気水道のない暮らしをしているという。
一晩くらい話しを聞かせてもらったって人生の厚みがありすぎてよくわからんが、筋金入りの何者かではある。
芸術の村の村長、と「イケメンでーす!イケメンなのに猫背です!」のヨンさま。